「TRYIN' TO FIND MY WAY HOME」

2017.1.31
昨夏、新規事業立ち上げの際、有限会社ウェルネス代表の山田恵先生のご紹介によって、株式会社geneの張本浩平代表にお会いすることができた。
名古屋市の事務所をお訪ねして主旨を話すと、最初は怪訝そうにしておられたが、最後は娘さんのお名前に纏わるご縁もあってご協力を約束して下さった。
学術講習事業と訪問看護ステーションの運営・・・・。規模や活動地域は異なるものの、同じフィールドで類似の事業を展開する点で、以前からその動向を注視させて頂いていた方だった。

お会いした当日、その足で酒宴を開いて下さり、合同会社Think Body Japanの小幡匡史代表をご紹介頂いたりした。

お酒が進むにつれて場が和み、氏の想いが話の随所に感じられるようになると、その熱が周囲に伝播する。弊社代表・西海と競うように、次々に杯が空いていった。

「予防はやらない」「理学療法とリハビリテーションをきちんとした定義性を持って区別する・・・」そして「「リハビリテーションを形にする!」
酔いながらも氏はとてもデリケートな感覚で言葉を選び、時折自問しながら話をしてくれた。
時に強気な言葉の合間に、迷いや悲しみを曝け出しながら。

以来、氏のfacebookに掲載される記事を継続して読ませて頂いているが、昨日、ある文章が目に止まった。
PTジャーナルでの座談会で述べた内容だった。
情報化の波の中、クライエント(ご利用者様や患者様)がネットや書物から情報を拾い、専門職との間にあった厳然たる垣根が低くなっていることを踏まえて、理学療法士(あるいは作業療法士)がプロフェッションとしてどうあるべきかを述べた一文だ。(以下抜粋)

「情報の価値が相対的に低くなり、少しインテリジェンスのある人だと自分で色々なことを調べて質問される。
英語のペーパーとか平気で読まれる方もたくさんいる。専門家としての情報の価値が相対的に低くなるのならば、私たちの価値は何か?
それは、知識と知恵と技術に基づいた見通しを持つことだと思う。
不確実な未来の中で、見通しとは自己の介入を前提としてこうしていくという意志だ。こうなるであろうという第三者的な視点ではない。こうしていくという意志なのだ。
そして、自分の介入に関する説明責任を果たすことだ。」

そして、氏はこう続ける。
「学術を背骨としない臨床論はほぼ宗教と変わらない。」

大学院、それも自然科学や医療系のコースに身を置くと、常にエビデンスが求められ、その現象における統計的な確率が論拠の根源となる。偶然起きることを出来うる限り排除した段階(危険率0.05以下とか・・・)でしか、「証明」は事をなさない。そういう環境で研鑽を積んだ氏の提起だが、いつもどことなく人間味にあふれている。

Professionとは、もともと聖職者・医師・弁護士の三大職種を指して用いられたもので、「前に向かって(pro)」「(正当な論理性を持って)言葉を発する(fessio)」から成り立つ語だという。

臨床の中で果たして自分は正しい「見通し」を持つことが出来ているのだろうか?
何故そのアプローチを選択し、どのような「見通し」を持って事に当たるのか・・・?
それを言葉にすることによって、我々はせめて介入した説明責任を果たさなければならないのだろう。

熱意を持った訪問看護師
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